『さよなら蛍』



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──俺が死んだら、お前に、俺の心臓、やるよ…




演者:2人

比率
♂1:♀1

上演時間:約25分



登場人物

三上 智晴(みかみ ともはる)♂ 26歳
脳に腫瘍がある青年。医者に余命3ヶ月と宣告される。屋上で偶然出会った、心臓病をもつ少女、川嶋蛍と出会い、自分が死んだらドナーとして心臓を提供すると約束する

川嶋 蛍(かわしま ほたる)♀17歳
心臓の難病に侵されている少女。心臓移植をしないと治らないと医者から言われている屋上で偶然出会った三上智晴から、心臓を提供すると約束される。
※蛍役の方は看護婦も兼ね役でお願いします



役表
智晴:
蛍:






-セリフ-



智晴(M):もしも、一番身近で、1番大切な人の命が消えようとするとき…心臓が止まろうとしている時…あなたなら、どうしますか?


蛍(M):あの人が言った…「君を絶対助ける」というセリフ…遠い昔に、同じような約束をされた気がする…これが、前世の思い出、って言うやつなのかな…恋なんて、私には無縁のものだと思ってた…そう思えるくらい、あなたとの出会いは衝撃的で、儚くて…それはまるで、夏の夜の蛍のように、ふわりと光って、そして、消えた…






──都内の大学病院の病室、ベットの上に座り込み、窓の外を見ている青年





智晴:…あと、どんくらい生きられんのかなぁ…


智晴(M):俺、三上智晴は、脳に大きな腫瘍…まあつまり、脳にガンがある…医者いわく、手術で摘出することが難しい位置にあるらしい…そんな俺の余命は…あと3ヶ月…医者からは、出来うる限りのことはやる、と言われた…裏を返せば、余命は伸ばせるけど、それ以上のことは出来ない…ってことだ


智晴:はぁ…



智晴(M):ため息ばかりが、この個室状態の病室に溢れる…今思えば、俺の人生、ろくなこと無かったなぁ…別に、目立ったこともしてないけど、人の役に立ったようなこともしてない…いつも空回りしてばっかで…なんもしてないまんま、残りわずかな命を生きていくのかと思うと、正直吐き気がした


智晴:…ん?なんだあれ…




───智晴、ふと、向かいの病棟の屋上を見ると、フェンスを乗り越えて立っている少女に気がつく



智晴:!?おい、何やってんだあの子…屋上のフェンス乗り越えて…あっちは…B棟だな…!


智晴(M):気づいたら無我夢中で走り出していた…何故か、あの子を死なせちゃいけないと、そう、思った…





──B棟屋上に着く智晴





智晴:はぁ、はぁ…いた!

蛍:…

智晴:…っ…おい!ちょっと、君!そんなところにいたら危ないだろ!

蛍:…え




──振り返ったその少女は、大人びた顔をした高校生くらいの子だった




智晴:…何があったか知らないけど、そんな事したってなんにも変わらないぞ!ほら、早くこっちに戻って(←※蛍セリフ被せ)

蛍:※あんた、何言ってるの?

智晴:は…?いや、だって…ここは屋上で、そのフェンスは乗り越えちゃいけないもので…えーっと…

蛍:…ふふ…

智晴:な、何笑ってんだよ!

蛍:いや、面白いオニーサンだなって思って…私が、自殺しようとしてるように見えたの?

智晴:そ、そうだよ!向かいのA棟の病室から見えたからびっくりして…って、違う、のか?

蛍:うん、違うよ?私はただ、このフェンスを乗り越えた先の景色ってどんなのかなって思って、ここにいるだけ

智晴:…は?

蛍:……でも…そうだね…ここから飛び降りれたら、いっそ楽、かな

智晴:!!

蛍:オニーサンに分かるかな…毎日毎日、苦しい思いをしながら生きていかなきゃいけないの…こんなに苦しいなら、いっそ…

智晴:お、おい…

蛍:ここから飛べば、私も、本物の蛍になれるかな…?

智晴:!!




──蛍、足を出し飛び降りようとする、智晴、駆け寄り、フェンス越しからその腕を掴む




智晴:っ!

蛍:…!!

智晴:っ…なら!俺がお前を助ける!お前の事情は知らねぇし、俺に何が出来るかわかんねえ…けど!お前の役に立てるなら!俺はこの命を捨ててでも、お前の事助けるから!だから、飛び降りんな!命、無駄にすんな!!

蛍:…オニーサン…

智晴:だから…こっち来いよ!!

蛍:…ほんと、面白いオニーサンだね

智晴:っ!からかうのもいい加減に※

蛍:※オニーサン、お名前は?

智晴:え…三上、智晴…

蛍:私、川嶋蛍…今そっちに戻るからさ、ちゃんと戻るから、腕、離してくれない?お話、しようよ


智晴(M):いきなり自分の目の前で、屋上から飛び降りようとした少女、川嶋蛍、彼女の話を聞くと、どうやら、心臓病らしい…それも難病で、心臓移植をしないと治らないとか…


智晴:…そんなに、重い病気なのか…

蛍:うん…でも、肝心のドナーが見つからないんだ…まあ、当たり前なんだけどね、心臓は、1人1つしかない…人間の身体の中で大切なものだもん…それをくれって言ってんだから、おこがましいにも程があるよね…だから、もう諦めてんだ、私…どうせ助からないなら…ドナーが見つからないなら、もうこのままでもいいかなって…そう考えれば、少しは気が楽だからさ…

智晴:…やるよ…

蛍:…え?

智晴:やるよ、心臓、俺の…俺が死んだら、お前にやる

蛍:え…何言ってるの?オニーサン自分で言ってること分かってる?

智晴:分かってる……俺さ、頭にでっかい爆弾があんだよ…脳腫瘍ってやつ?…それも、手術も出来ないような場所にさ…もってあと3ヶ月…医者にはそう言われた

蛍:3ヶ月…

智晴:…俺、昔っから空回りばっかでさ、人のためって思って行動したことも、全然人のためになってなくて…だから、最後くらいは、誰かの役に立ちたい…俺の心臓を移植して、お前が長生きできるなら、俺はお前に、この心臓やるよ

蛍:…私、3ヶ月も待てないかもしれないよ

智晴:…!

蛍:オニーサンには余命がある…でもこっちは、いつ爆発するか分からない爆弾を胸に抱えて、それに怯えながら生きていかなきゃならないんだ…

智晴:…

蛍:…別に、オニーサンの病気の方が軽いとか、そういうこと言いたいわけじゃない…ただ…この不発弾みたいな爆弾を抱えてる私のために、そんな約束していいのかなって、思っただけ…それに、私たち、今日会ったばっかじゃん…

智晴:…まあ…そう、だよな…

蛍:…でも、気持ちはすごい嬉しかった…それだけ貰っておくよ、私のために、そんな出来ない約束してくれて、ありがとう、オニーサン

智晴:…出来なくなんか、ない…

蛍:え…?




──智晴、蛍に近づく




蛍:!?

智晴:ちゃんと約束する、お前に、心臓を提供する…俺のエゴかもしれない、わがままかもしれない…でも、俺は本気で、お前に、生きて欲しいって思ってる、だから※

蛍:※わ、わかったからさ!…あ、の…ち、近いんだけど…

智晴:え…あああ!ご、ごめん!!

蛍:…ふふ…ほんと、面白いオニーサンだね

智晴:…智晴

蛍:え?

智晴:智晴でいいよ、その…オニーサンって呼び方、くすぐったい…

蛍:ふふ、じゃ、智晴サン?私のことも、蛍って呼んでいーよ、またここに来て、お話しようよ、私、いつでも待ってるからさ

智晴:…おう…



智晴(M):この不思議な雰囲気の少女、川嶋蛍、彼女は年の割に大人びていて、しっかりしている…まあ、ちょっとひねくれてるとこもあるけど…この少女との出会いがあってから、俺の闘病生活は一気に変化した



蛍:…よ、オニーサン…あ、ごめん、智晴サン(笑)待ってたよ


智晴(M):次の日も、また次の日も、蛍は毎日、B棟の屋上で俺を待っていた


智晴:…おまえ、わざとオニーサンって呼んでるだろ

蛍:ごめんって、つい癖でさ、で、調子はどうですか、智晴サン

智晴:お前まで担当医みたいなこと言うな…まあ、相変わらず、天候が悪い日とかは頭痛が酷いよ…

蛍:そっか

智晴:そーゆーお前はどうなんだ

蛍:ふふ、残念、私はバリバリ元気なのだ

智晴:…ムカつく

蛍:…って言っても、やっぱ運動とかは出来なくてさ、今日は午前中、授業で体育あったんだけど、先生にダメだって止められちゃった

智晴:…お前、学校通ってるのか

蛍:まあね、でも毎日じゃないよ、本当に調子のいい日しか行ってない

智晴:そうなんだ

蛍:おかげで友達も未だにいないし、クラスの人の名前、みんな知らない

智晴:…それは、大変、だな

蛍:…智晴サン、同情なんて要らないからね

智晴:え?

蛍:私に同情して、心臓やるなんて言ってるんだったら、やめた方がいいってこと

智晴:…そんな事ない、同情でもなんでもない、俺より若い君に、少しでも元気でいて欲しいと思って…

蛍:…ふふ、智晴サン、頑固だなぁ…でも、好きだよ、そーゆーとこ

智晴:え

蛍:あ、今どきってした?

智晴:っ!してない!

蛍:え〜、顔に書いてるぞ〜

智晴:大人をからかうじゃありません!

蛍:あはは、ゴメンね、だって智晴サン、いじりがいがあるんだもん

智晴:…なんだよ、それ…

蛍:あ、すねた

智晴:すねてません

蛍:可愛くない大人だね

智晴:お前に言われたくないなガキ

蛍:ひどー…でも、私たち、いいコンビになれそうじゃない?

智晴:コンビ?

蛍:うん、漫才コンビみたいな

智晴:…俺は思いません

蛍:…ほんと、可愛くない


智晴(M):そう言った彼女の瞳は、笑ってはいたが、どこか悲しい色をしていた…あの日からほとんど毎日、俺は蛍と何気ない話をしていた…くだらないことから、最近の芸能人の事、今流行ってる事…いつしか俺は、蛍との会話が日課になっていた、彼女と話をするのが、楽しくて…いつの間にか、彼女のことを、好きになっていた…でも、告白することができなかった、俺は彼女に心臓を提供すると約束した…それは、叶わない恋だと、知っていたから……そんなある日のことだった…


智晴:…え…先生、もう一度お願いします


智晴(M):幸か不幸か、はたまた奇跡と言った方がいいのか…俺の頭の中の爆弾は、余命を宣告した時よりはるかに小さくなっている、と医者から伝えられた…これなら、手術で腫瘍を取り出して、治る見込みが大きくなる、と…俺はそれを伝えられた時、真っ先に蛍のことが頭に浮かんだ…俺に治る見込みができてしまった…病気は治したい、けど、蛍を助けたい…そんな葛藤の中、俺は、あの屋上へ向かった…そして、蛍にそのことを告げた…



蛍:ふーん、良かったじゃん、智晴サン

智晴:え

蛍:え、って何…智晴サンの病気、治るんでしょ、もっと喜んだ顔したら?

智晴:でも、それじゃ…

蛍:それじゃ何?私に心臓をやれなくなるって?

智晴:…

蛍:私はいーの、それに、こういうのは慣れてる…だからさ、手術、してきなよ、智晴サンの病気、治してきなよ

智晴:…なんで…そんな事言うんだよ…

蛍:なんでって…私の話し相手になってくれた智晴サンだからだよ、本当に、ありがとうね

智晴:…別に、俺は…

蛍:ほーら、いいから…私の事は気にしないで大丈夫、それとも、手術怖いの?

智晴:っ…違う

蛍:じゃあ何※

智晴:※なんでお前、そんな平気な顔出来んだよ!俺、約束破っちまったんだぞ…お前を絶対に助けるって、心臓やるって、その約束、守れなかったんだぞ!!なんで怒んねぇんだよ!!

蛍:智晴さ…

智晴:お前こそ、怖くねぇのか!?いつ爆発するか分からない爆弾抱えて、明日死ぬかもしれないと思いながら生活すんの、怖くねぇのかよ!!

蛍:…そんなの……そんなの怖いに決まってるじゃない!!!

智晴:っ!

蛍:…なんでさ、智晴サンそうやって、いつまでも私に、自分の命、押し付けようとしてさ…約束?心臓?そんなのどうでもいいよ!!死ぬの?ああ、怖いよ!!いつもいつも怯えながら生きていかなきゃいけないの、もう嫌だよ!!…それでも、それでもあんたとこうして話してる時間が、あんたと一緒にいるこの場所が好きだから…!!…あんたの事が好きになっちゃったから…そんなあんたに生きて欲しいから!!手術受けてって言ったの!!…私の気持ちも知らないで、ずっとずっと、独りよがりで…勝手なことばっかり言わないでよ!!!

智晴:…蛍…

蛍:…っ…もう…言わせないでよ…怒らせないでよ…ばか…

智晴:…蛍…ごめん…俺、お前の気持ちも知らないで…

蛍:…もう、いいよ…私、明日から来ない…

智晴:え

蛍:もうさ、ここで会わないようにしよ、お互いに

智晴:なんで、そんな急に

蛍:…智晴サンが好きだから…私に会うと、また罪悪感とか、色々思い出しちゃうでしょ…

智晴:っ…そんな事ない

蛍:ほら、また嘘…

智晴:…っ…

蛍:智晴サン、わかりやすいんだもん…やっぱり、もう会わない方がいいよ、私たち…あーあ、こ〜んな告白することになるなんて、思ってなかったんだけどなぁ…あはは…

智晴:…

蛍:…いきなり怒ってごめんね…でもさ、私、本当に、智晴サンに会えて良かったって思ってるよ

智晴:蛍…

蛍:さよなら




──蛍、振り向き帰る




智晴:…っ!待って、蛍!


智晴(M):その後、俺があの屋上で蛍に会うことは、二度となかった…




──数日後…




智晴:…明日、手術、か…


智晴(M):俺は脳腫瘍の手術を明日に控え、色んな書類を書いたりとか、医者からこういう手術をするという説明とかを受けていた…この数日、気になっていたのは、蛍の事だった


智晴:あいつ、元気にしてるかな…


智晴(M):あの後、やっぱり気になって、何度か屋上に行ってはみた…けど、宣言通り、蛍は現れなかった…あいつは…今も元気でやってるのかな…


智晴:…蛍…




──そんな中、廊下が騒がしいことに気づく、なんだろうと思い、廊下にでる智晴、すると、看護婦の声が聞こえてきた




看護婦:B棟の川嶋蛍さんの容態が急変したそうなの、誰か、手伝える人行ってきて!

智晴:…!?


智晴(M):蛍が…


智晴:あの!

看護婦:!え、どうしました?

智晴:あっ…その…川嶋蛍さんの病室はどこですか!?

看護婦:ええ?えーっと…B棟の304号室ですけど…でも今は…




──智晴、看護婦の話を最後まで聞かずに走り出す




看護婦:あ、ちょっと!


智晴:はぁ、はぁ…蛍…まだ生きていてくれ…!!




───無我夢中で走る智晴、迷いに迷って、蛍の病室へ…だが…




智晴:っ!


智晴(M):蛍の病室にたどり着いた時には、もう遅かった…蛍はそのまま、帰らぬ人となってしまった…ちょうど、俺が病室に着く1分前に、息を引き取ったらしい…




──智晴、冷たくなった蛍に近づく




智晴:…蛍…なぁ…聞こえてるか…俺だ、智晴だ……俺さ、ずっとお前に、謝りたかったんだ…確かに、俺はお前に、押し付けてたかもしれない…お前の気持ちも考えないで、余計なことばっかして…また俺、空回りしてたんだな…だからさ、ごめん…本当にごめん……俺も、お前のことが…蛍のことが、好きだった…だからこそ、お前には生きて欲しかった…俺も、それだけだったんだ…俺と出会ってくれて、ありがとう、蛍……




──智晴、小さく泣く…智晴の涙が落ち、蛍の目に…智晴には、蛍もまるで、泣いているように見えた…




智晴(M):…あれから数日後、手術は成功し、俺はあと三日後に退院することになった…俺は、この病院での、蛍との出会いをきっと、一生忘れないだろう…もしも、一番身近で、1番大切な人の命が消えようとするとき…心臓が止まろうとしている時…あなたなら、どうしますか?…誰かのために何かしたい…俺のエゴかもしれない、わがままかもしれない…蛍は、そんな俺に、自分をもっと大切にしろ、ということを、教えてくれた気がする…ありがとう…さよなら、蛍…




終わり


九条 顕彰・台本置き場

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