声劇台本「きみ色の涙、夏色の空」
声劇台本 「きみ色の涙、夏色の空」
作:九条顕彰
△はじめに…
こちらは声劇台本となっております。
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この物語はフィクションです。
実在の人物・地名は一切関係ありません。
〇上演時間:約1時間
〇比率:【4人】男2:女1:不問1人
〇story
昭和19年、夏。あの激動の時代。私たちは、恋に落ちた。
〇登場人物
・笹木 匠海(ささき たくみ)18歳 男
薬師寺家に仕える使用人。元々、農家の出。紗栄子に仕えている。密かに紗栄子に恋をしているが、その気持ちを紗栄子には伝えていない。紗栄子の父の策略で、「桜花特攻隊」の所属が決まる。
・薬師寺 紗栄子(やくしじ さえこ)16歳 女
華族(かぞく)、薬師寺家の長女で。一人娘。父が考えている、近江家との政略結婚に嫌気がさし、使用人の笹木匠海に恋をしており、密かに二人で家を出ようとする。
・薬師寺 勇(やくしじ いさむ)56歳 男
紗栄子の父。金と権力のために、紗栄子に公爵家の近江家の次男と政略結婚させようとしている。紗栄子が使用人の匠海に恋をしていることに気づき、匠海を特攻隊へ送り込もうとしている。
・田所 清(たどころ きよorきよし)14歳 不問
同じく、薬師寺家に仕える若い使用人。同じく農家の出。匠海の良き親友で、匠海と紗栄子の味方。元気だけが取り柄みたいな子。一人称は僕。
※こちらの役は不問です。女性で演じる場合は「きよ」、男性で演じる場合は「きよし」の読み方でお願いします。
〇役表
笹木 匠海:
薬師寺 紗栄子:
薬師寺 勇:
田所 清:
※片摩 廣様・企画、オンリーONEシナリオ2526 8月 昭和の夏の悲恋の物語。
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〇本編〇
紗栄子(M):昭和19年、夏。これは、激動の時代に生きた、身分の違う二人の、叶わぬ恋の物語…。
————8月上旬、屋敷にある大きな木に登っている紗栄子、遠くに海が見える。
紗栄子:よっと…はぁ、はぁ…ふぅ。今日も暑いわね…。う~んっ!けどやっぱり、ここから見る景色は最高っ!海からの風も吹いて、気持ちいい…。
匠海:…あ!お、お嬢様!!ここにいたんですねっ、探しましたよっ。…というか、そんなところで何をしていらっしゃるんですか!!?
紗栄子:あ、たーくーみーっ!へへ、見つかっちゃったっ。
匠海:またそんな高いところまで登って…危ないですよ!それと、勇(いさむ)様がお呼びです!
紗栄子:ええっ、お父様が?はぁ~、めんどくさい。どうせまたいつもの「お見合い」よ。無視して良いわ、匠海。
匠海:し、しかし…。勇様が、至急、探して連れて来い、と…。
紗栄子:はぁ…あなたはいつからお父様の召使いになったの?あなたは私の使用人でしょ?!だから、あなたは私のものよ、匠海!
匠海:お、お嬢様!?なな、何をおっしゃって…。
紗栄子:それに、私は行きたくないと言っているの!
匠海:…そのようにわがままをおっしゃられても、困ります、お嬢様っ
紗栄子:もうっ、お父様も匠海も本当にうるさいんだからっ。わかった、もう少ししたら行くわ!
匠海:お、お嬢様…。では、お嬢様が降りるまで私もここにいます。
紗栄子:そう。ならほら、匠海もここに来なさい!ここの方が風が吹いていて涼しいし、それに、ここから見る景色はとても素敵よ!
匠海:えっ!?し、しかし、屋敷の木に登るなど、下人の私には…。
紗栄子:だから、この薬師寺家の長女である私が許可するといってるの!ほら、来なさい!
匠海:でも…。
紗栄子:…それともあなた、高いところが怖いの?女の私が登れているというのに、男児のあなたにはここまで登ることができないの?
匠海:!!…そ、そんなことありませんっ!
紗栄子:ふふっ、なら良いじゃない!ほら、隣においでなさいよ!
匠海:うぅ…わ、わかりました。
紗栄子(M):私たちの出会いは、四年前。私が12歳、匠海が14歳のころでした。
———回想。四年前…。紗栄子12歳、匠海14歳。
勇:紗栄子、彼は今日からお前の使用人になる、笹木匠海君だ。挨拶しなさい。
紗栄子:…薬師寺紗栄子です。よろしく…。
匠海:はじめまして、紗栄子お嬢様。笹木匠海と申します。よろしくおねがいします。
勇:…紗栄子、薬師寺家の者として、もう少し挨拶の礼儀作法を覚えなさい。匠海君の方がきちんとした礼儀作法を心得ているじゃないか。
匠海:旦那様…そ、そんなことありません…。
紗栄子:ふんっ…私だって、れっきとした華族(かぞく)の娘ですわ。自分の身も弁えて(わきまえて)いるし、礼儀作法だってきちんと心得ております。
勇:…はぁ…。すまぬな、匠海君。この子は少々、お転婆が過ぎるのでな、しっかりと見ていてやってくれ。なにぶん、亡くなった妻との間にやっとできた一人娘で、薬師寺家唯一の跡取りでな…。よろしく頼むよ。
匠海:はい、わかりました!
勇:うむ、良い返事だ。君を使用人に選んで正解だったな。では、私はこれから責務があるのでな、失礼する。紗栄子、しっかり勉強するんだぞっ。
紗栄子:…はい。お父様。
———勇、出ていく。紗栄子、黙ってる。
紗栄子:……。
匠海:…あ、あの…。
紗栄子:はぁ~。あ~ぁ、せっかく前の「見張り番」を追い出したっていうのに、また新しいのを寄こしてくるなんて…。
匠海:え?何の話ですか?
紗栄子:…「使用人」という名の「見張り番」ってことよ。あなただってそうなのでしょう?
匠海:い、いや…俺…えっと、私は…。
紗栄子:別に嘘つかなくたっていいのよ、わかってるから。はあぁ…私だってお外で遊びたいのに、お父様ったら、いつもいつも見張っていて、何にもできやしない。毎日、お部屋で勉強勉強でちっとも楽しくないっ。やることなすこと全部見張られてるのよ。…息が詰まるわ。
匠海:そ、それは…。きっとお嬢様が心配で…。
紗栄子:~っ、心配性すぎるのよ!!それに過保護すぎるの!!私だってもう、一人前のレディーなのよ!そろそろ放っておいてほしいわっ!お転婆が何よ!別にいいじゃない!お父様は、あれよ!男尊女卑が激しすぎるのよ!
匠海:…ぷっ、あはははっ!!
紗栄子:な!なんで笑うのよ!?
匠海:あっ…す、すみませ…くくくっ…。
紗栄子:また笑ったわねっ!
匠海:いや、だって、華族のお嬢様が、自分のお父様に対してそんなお言葉をお使いになるとは思わなかったので…つい…ふふっ。
紗栄子:ふん、悪かったわね!「お上品」で「おしとやか」なお嬢様じゃなくてっ!
匠海:ふふ、そんなにふくれないでください、お嬢様。俺は別に、あなたのようなお嬢様がいてもいいと思います。
紗栄子:…え?
匠海:そのご年齢で、しっかりと自分というものをもっていらっしゃる、大変素敵だと思いますよ。
紗栄子:ぅ…そ、そお?(←照れる)
匠海:はい、素敵ですよ。
紗栄子:…あなたのような言葉をかけてくれた使用人は、初めてだわ。
匠海:そうなんですか?
紗栄子:今までの使用人はみんな、もっとしとやかにしろとか上品にふるまえとか言ってきたり、私のやること全部、お父様に告げ口するの。嫌な人たちだったわ…。でも、あなたは何か、違う気がする。
匠海:そうだったんですね…。俺はもともと、薬師寺家に仕える農家の出で、勇様に見込んでもらって、あなたの使用人として働くようにと言われて。
紗栄子:そうだったのね。ということは、ご飯の時に出てくるあのお野菜は、あなたのお家が育てたものなのね?
匠海:そうですね。
紗栄子:では、お礼を言わないとっ!いつもおいしい野菜をありがとう、えっと、匠海っ。
匠海:…!い、いえこちらこそっ!おいしく食べてくださりありがとうございます!!
紗栄子:ふふふっ…ねえ、匠海、約束してくれる?お父様に、私のやってること、告げ口しないって。
匠海:わかりました。お約束します。俺…いや、私は紗栄子お嬢様だけの使用人です。
紗栄子:絶対よ、匠海。絶対、約束!
匠海:えぇ、お嬢様、絶対、約束です。
————二人、笑いあう。回想終わり。
紗栄子(M):それが、私たちの出会いでした。
—————現代。木を登る匠海。
匠海:…っと、はぁ、はぁ…。
紗栄子:ふふっ、やっと登ってきたわね、匠海。
匠海:お、お嬢様、危ないのでしっかりと木の幹に捕まっていてください。
紗栄子:大丈夫、わかってるわ。それよりもほら、ごらんなさい!
匠海:っ…おお、本当に素敵な景色ですね。
紗栄子:ふふっ、でしょ!?…ここは私の秘密の場所なの。海が…水平線が空と繋がって、重なって、ずっと向こうまで続いてて、遠くに入道雲が見えてキラキラして、とても綺麗でしょう?
匠海:そうですね、とても綺麗です。(←紗栄子を見ながら)
紗栄子:…けどこの綺麗な景色もいつ見られなくなるか、わからないのよね…。
匠海:お嬢様?
紗栄子:…この海の向こうで、いまだに激しい戦争が続いている…。まだここまで戦争の火の手が来ていないとしても、いつこの地が空爆に襲われるかわからない。…その時、誰がここに住んでいる民衆を守れるのか…。誰が守ってくれるのか…。そればかり考えてしまうの…。
匠海:…お嬢様…。
紗栄子:…匠海、私は、お父様の政略結婚なんか、絶対に受けないわ。戦争の続いている辛い時代だけど…。だからこそ、女として負けてはならないと思うの。見ず知らずの他人と結婚して自分の家を任せるなんて絶対に嫌。…それに…。
匠海:それに?
紗栄子:…自分の好きな人と結婚できないのは、もっと嫌…。
匠海:お嬢様…。
紗栄子:…あのね、匠海…私はっ…。
清:お嬢様ぁぁ!!
紗栄子:!清…。
清:こんなところにいた!お父上様、じゃなくて…えっと、旦那様がお呼びですよー!!
紗栄子:はあ、清まで呼び出しに使うなんて…。そろそろ行かないとね。
匠海:そうですね。
清:あ!匠海もそんなとこで何やってんだよー!!
匠海:すまんな、清!今行くよ!
———先に降りる匠海、ニマニマしている清。
匠海:よっと…。ん?なんだよ清、そんなニヤついて…。
清:ふふ~、まったく、隅に置けないやつだなぁ、お熱いこってッ!(←ぼそっと)
匠海:なっ!う、うるさいっ。別にそんなんじゃないよっ。(←ぼそっと)
清:へぇ?じゃあなんなんだよ?お嬢様のことが好きなくせに。
匠海:ば、馬鹿!聞かれたらどうするっ。
紗栄子:…?二人でこそこそと、何の話をしているのー?(←ゆっくりと木から降りながら)
匠海:い、いえ!!なんでもありませんよ!!
紗栄子:?そう?
清:はぁ~、ったく、あんたも男だろっ。好きなら好きって、愛してるって伝えろよ!
匠海:き、清っ!!
清:へっへっへー!匠海の意気地なし―っ!
匠海:っこの、ほんとガキだよな、清は!
清:ガキとは何だ!アンタが意固地なのが悪いんだろっ!
紗栄子:ちょっと、二人共っ、なんだかわからないけど喧嘩はやめなさ…
———その時、紗栄子、足を滑らせて落ちる。
紗栄子:っ!!きゃあぁあっ!!
清:っ!お嬢様、危ない!!
匠海:…っ!!
———匠海、紗栄子をお姫様抱っこで受け止める。
紗栄子:っ…!!
清:おお!匠海すげぇ!
匠海:ふぅ…危なかった…。大丈夫ですか、紗栄子様。ケガはありませんか?
紗栄子:っ!…あ、あ…の…。
匠海:?どうしました、紗栄子様?
紗栄子:匠海…その…。大丈夫、だから、その…そろそろ…お、降ろしていただける、かしら…。(←赤面)
匠海:…っ!あ、す、すみませんっ!
———匠海、ゆっくりと紗栄子を降ろす。
紗栄子:匠海、その…ありがとう(にこっ)
匠海:!い、いえ!…これも、使用人の務め、ですから。
紗栄子:…匠海。…そ、そろそろ行くわ。またあとで。
匠海:あ、は、はい…。
———紗栄子、父のもとへ急ぐ。
清:…あーあ、せっかく告白の機会だったのに。
匠海:うるさいぞ、清。また便所の掃除当番させられたいか?
清:うげっ!もう、わかったよ!おーこわこわっ!じゃ、僕も戻るよっ。
匠海:…あぁ。
———清、仕事に戻る
匠海:…連れ去ることができるなら…今すぐにでも連れ去ってやりたい…。愛してると言えるものなら、もうすでに伝えている…。けど、それは絶対に許されない。…俺は農家の出で、紗栄子様は政界のお嬢様。身分が違いすぎる…。もしこのことが、この気持ちが旦那様にばれたら…俺はどうなるか…。俺は、紗栄子様のおそばで、彼女を見守ることしか…それしか、できないんだ。…さて、俺も仕事に戻るか。
———匠海、屋敷に戻る。先ほどの一部始終を見ていた勇。
勇:ふむ…。これは…。考えなければならないな…。
———ノック音。紗栄子が勇の書斎に入ってくる。
勇:誰だ。
紗栄子:お父様、紗栄子にございます。
勇:ん、入れ。
紗栄子:失礼いたします。遅くなって申し訳ありません、お父様。私に何かご用事ですか?
勇:あぁ、紗栄子。急ですまないのだが、例の、近江家との縁談の話だがな。
紗栄子:そのお話なら、先日もお断りしたはずです、お父様。私を道具扱いしないでください。
勇:ど、道具だなんて…大事な愛娘をそんな、道具扱いするはずがないだろう!
紗栄子:ならば、少しは私の気持ちも考えてください。確かに、お家安泰のためと考えるのであれば、このような政略結婚も仕方ないことでしょう。しかし、薬師寺家はまだそこまで落ちぶれていないはず。なぜ、あの公爵家の次男、近江忠政(おうみただまさ)様と婚約せねばならないのですか。
勇:それは、お前の幸せを思ってだな…。
紗栄子:私の幸せを思うのであれば、これ以上、私を縛り付けないでください!私にだって、好きな人と幸せになる権利くらいあるはずです!!
勇:…その好きな人とは、もしや匠海のことか?
紗栄子:っ!!
勇:ふん、あのような農民との結婚など、私は絶対に許さないからな!
紗栄子:…っ…なぜですか!!
勇:当然であろう!!華族の者は、それ相応の、つりあう身分の者との婚約が決まっているのだ!それに、下民のあやつに大事な一人娘を任せるわけにはいかない!!
紗栄子:っ…お父様の考えは古すぎるわ…。
勇:なんだと…?
紗栄子:たとえ身分が違えども、お互いの想いや愛があれば、何でも乗り越えられるわ!!
勇:…っ、この、親不孝者が!!
————勇、平手で紗栄子を殴る。
紗栄子:っ!!
勇:お前が何と言おうが、近江家との縁談は進めていく!もうこれ以上、向こうをお待たせするわけにもいかない!お前には、この華麗なる貴族の世界の中で、華やかに生きていくほうが幸せなのだ!!それにこの縁談は、近江家の皆様も望んでいらっしゃるのだ!!お前が近江家に嫁げば、我が薬師寺家も安泰になる。下らぬ恋心など、もう忘れるのだ!!
紗栄子:…ひどいわ、お父様…。…確かに私も、薬師寺家のことを考えず、自分勝手なことを言っているかもしれないけど、私だってもう立派な大人です!!自分の人生を自分で決めて、自由に恋して、自由に生きたっていいはずでしょう!!?
勇:黙れ!!!!
紗栄子:っ…!
勇:お前はまだまだ子供だな。…本当の「自由」など、もともと、この世界のどこにもない。お前の「自由」はこの「公爵家」という大きな歯車の中で、「繋ぎの歯車の一つ」となって生きていくこと、それだけだ!…お前が生まれてすぐに妻が亡くなり、薬師寺家の後継者は、跡取りであり、一人娘のお前にかかっているのだ。今後の薬師寺家存続のためには、婚約相手はより高貴な血の者でなければならないのだよ。それをわかってくれ、紗栄子。
紗栄子:…。
勇:…確かに、匠海は礼儀作法もしっかりしている。そしてたくましく、立派な良い男に成長したな。…この分だとそろそろ、徴兵令が来てもおかしくはないだろう。
紗栄子:…え…。それは、いったい、どういう…。
勇:…いずれわかることだ…。
紗栄子:まさか、お父様…政府へ手をまわしたの…?私が…匠海を好きなことを…知っていて、わざと…?
勇:…薄々、感じてはいたが、今日の発言で確信した。もうこれ以上、匠海をお前のそばに置いておくことはできない。
紗栄子:そ、そんな…。
勇:…このまま、匠海を「使用人」としてそばに置いておきたいなら、今回の縁談を受けること。それが条件だ。
紗栄子:っ…なんて、汚い大人なのっ!!この、外道!!!
勇:父親に対してなんだその言い方は!!
———勇、また平手打ちをする。
紗栄子:くっ…。…人でなしっ…!
勇:まだいうか!!
紗栄子:っ…お父様なんて、一生嫌い、大嫌いよっ!!!
勇:っ!!!!
———さらに重たい平手打ちをする勇。
紗栄子:っ…。うぅ…。
勇:…さぁ、どうする?先ほどの条件をのむのなら、匠海への徴兵令を取り消すよう、政府へ手配しよう。なにせ匠海の出兵先はあの、「桜花特攻隊(おうかとっこうたい)」だからな。
紗栄子:…え…桜花、特攻隊…って。
勇:ああ、女のお前でもさすがにわかるだろう。出兵したが最後、生きては帰れんということだ。お国のため、自身の身をもって戦い、突撃し、桜のように散っていく。
紗栄子:…。
勇:さあ、どうするかね?
紗栄子:…わかりました…。そのご縁談、喜んでお受けいたします…。
勇:それで良い。では、話はもう終わりだ、下がりなさい。
紗栄子:…はい。失礼します。
———紗栄子、部屋を出ていく。
勇:…これで良いのだ、これで…。
———紗栄子、早足で自室に戻る。枕に顔を押し付け、泣く。
紗栄子:…ふ…ッ…うぅっ…うあぁぁんっ…たくみ…匠海ぃ…ッ…。
———その頃、皿洗いをしている匠海と清。
匠海:へっくしっ!
清:うわ!びっくりしたあ!
匠海:ずびっ…悪い、なんか鼻がむずがゆくて。
清:大丈夫かあ?風邪か?それとも誰かに噂されてるとか?
匠海:まさか。そんなの迷信だろ。
清:それよりも匠海、お前お嬢様と木の上で何やってたんだよぉ?
匠海:は!?別になんもやってねえよっ!
清:ふ~ん、怪しいなあ?ほんとかあ?
匠海:ほんとだって!あんまり疑うと、今日のお前の晩御飯減らすぞ?なにせ今日は俺が飯当番なんだからな?
清:わっ、悪かったよ!もう言わない!言わないから!
匠海:ったく。
清:そういえば、さっきお嬢様が自室に入っていくのをちらっと見たんだけど、なんというか…泣いてるように見えたんだ。
匠海:え?
清:…旦那様とまた喧嘩したのかな…。
匠海:…。
清:…匠海、残りの皿洗いはやっておくからさ、お嬢様のところに行ってあげなよ。
匠海:え。でも…。
清:心配なんだろ?顔に書いてあるぞ?
匠海:っ…すまん、清。ちょっと行ってくる。残りの皿洗い、頼んだ!
清:おう、任せろ!行って来い!…ふふ、まったく、白馬の王子様もたいへんだなぁ。ま、僕はずっと、二人の味方だからね。
———紗栄子の自室に行く匠海。ノック音。
紗栄子:…ぐずっ…はい、どなた?
匠海:…お嬢様、匠海です。
紗栄子:っ!?た、匠海!?ど、どうしたの?今は夕飯の支度中のはず…。
匠海:いえ…清が、旦那様のお部屋から出てくるお嬢様を見た時に、泣いていたと聞いたもので…。心配になって様子を見に来ました。…大丈夫ですか?
紗栄子:そ、そうだったのね。…私は大丈夫よ、だから心配しないで。
匠海:…なら、お部屋の鍵を開けてください。これでは中に入れません。
紗栄子:だ、大丈夫だと言ってるの!それにあなたはまだ、夕食の支度途中でしょ?
匠海:清がやってくれていますので…少しでもお顔を拝見できればと思っていたのですが…。
紗栄子:…ちょっと、部屋が…散らかってるから、今は入ってこないでっ。
匠海:でしたらなおさらです。お部屋の片づけも使用人である私の仕事。開けてください。
紗栄子:…。
匠海:紗栄子様?
紗栄子:…今は一人になりたい気分なの…。夕食までには降りてくるから…お願い。
匠海:…わかりました。ではご夕食の時にまた来ます。
———匠海、仕事に戻る。鏡で自分の顔を見る紗栄子。
紗栄子:…。はぁ…。うわ…涙でボロボロ…。こんな顔、匠海には見られたくないわ…。…食欲もない…。…あそこに、行くか…。
———夕食時、テーブルに紗栄子の姿はない。
勇:…紗栄子はどうした?
匠海:はい、それが…呼んだのですがお返事がなく…。
清:お嬢様が夕食の席にすぐ来られないなんて、珍しい…。
勇:はぁ、まったく、困った子だ…。匠海、すまないがもう一度呼んできてくれないか。
匠海:はい、わかりました。
————匠海、紗栄子の部屋へ行き、ノックする。
匠海:紗栄子様、お嬢様。お食事のお時間です。…お嬢様?…入りますよ?
———部屋が空く。中に紗栄子はいない。
匠海:いない?…お嬢様…いったいどこに…。まさか…。
———匠海、走って屋敷の大きな木に向かう。紗栄子、木に登っている。波の音だけが聞こえている。
紗栄子:…。夜の海…星空…綺麗…。夏はやっぱり、海が透き通って見えるわね…。
匠海:はぁ、はぁ…やっぱりここにいた…。お嬢様!
紗栄子:っ!?…た、匠海…。
匠海:はぁ…やっぱりここでしたね。ご夕食の時間ですよっ。
紗栄子:…食べたくない。
匠海:お嬢様…旦那様と、何かあったんですか?
紗栄子:え…。
匠海:旦那様に呼ばれてから、お嬢様の様子が変だったので…。
紗栄子:…匠海、私、お父様が持ってきてくださった縁談、お受けしようと思うわ。
匠海:えっ!?な、なんで…。だって昼間は…。
紗栄子:もちろん、薬師寺家の存続のためよ。私は、薬師寺家の一人娘。だから、この家を守らなければいけない。…だから…そのために好いてもいない男と結婚して、自由を許されず、華族という、そのしがらみの中で縛られて生きて死ぬの…。
匠海:…そう、ですか…。それは…おめでとうございます、と申し上げたらいい、のか…。
紗栄子:…いや…嫌よ、そんなの…。
匠海:え…?
紗栄子:そんな、他人の…ましてお父様に決められた人生の中で生きていくなんて、絶対に嫌!!人から決められた人生を生きるなんて、私にはできない!!私は自由に生きていたいの!!好きな人と恋に落ちて結婚して、たとえ貧乏でも、二人で懸命に幸せに生きて…そういう人生を歩みたい!!
匠海:お嬢様…。
紗栄子:…けど、ダメなの…。私はそうやって、自由に、好きに生きちゃいけないの…。私の自由なんて、初めからどこにもなかったのよ…。…お父様に従わないと…じゃないと、匠海が…。
匠海:…え?私が?どうかしましたか?
紗栄子:っ!!…な、なんでもないわ…。
匠海:?そう、ですか。
紗栄子:…こんなこと言ってごめんなさい。すぐに夕食に向かうわ。
匠海:…お嬢様…。
紗栄子:ん?なに?
匠海:…。
———回想、匠海、清の言葉を思い出す。
清:(匠海、好きなら好きって、愛してるって伝えなきゃ…)
———回想、終わり。
匠海:(…わかってる。わかってるさ、けど、俺とお嬢様は、身分が違う…。一生叶わない恋だ…だけど…。)
紗栄子:?匠海、どうしたの?…あ、もしかして、私が遅かったから、お父様にしかられた?
匠海:…ッ…お嬢様…。いえ、紗栄子さん!!
紗栄子:っ!!?
匠海:…私…いや、俺は!あなたを心から愛しています!!
紗栄子:…?!た、匠海、何を言って…っ。
匠海:わかっています…!…俺たちは身分が違う…。当然、旦那様にも反対されるでしょう。けど俺は!あなたから笑顔が消えてしまうのは耐えられないっ…。あなたが、望んでもいない、幸せでない結婚をして、旦那様の手の中で操られてる人形のように生きていくのを見るのは、耐えられないんですっ!!
紗栄子:っ…たく、み…。
匠海:あなたはさっき言いました…。自由に生きていたい、自分が好いた人と、恋に落ちて結婚したいと!…それがどんなに貧乏な生活でも、と…。だから、あなたの自由を、俺に守らせてくれませんか。
紗栄子:そ、それって…。
匠海:…好きです、あなたが好きです、紗栄子さんっ!俺と、結婚を前提にお付き合いしてくださいっ!!
紗栄子:…っ!…はいっ…はい!匠海さん…私もあなたのことが大好きです、愛しています。あなたからその言葉が聞けて、本当に嬉しい…っ!
匠海:じ、じゃあ…。答えは…。
紗栄子:もちろんっ!よろしくお願いします!
匠海:!!や、やったっ!!こちらこそ、よろしくお願いします!!
紗栄子:ふふっ、匠海ーっ!!
———紗栄子、わざと木の上から飛び降りる。
匠海:え?!ちょ、紗栄子様!!?
———匠海、紗栄子をうまくキャッチする。
匠海:…ッ…さ、紗栄子様!あんな高いところから飛び降りるなんて、危ないことを…ケガはありませんか?
紗栄子:ふふっ!大丈夫よ!だって、どんなことがあっても必ず匠海が守ってくれるって信じてるからっ!
匠海:お、お嬢様…。ふふ、もう、困った方ですね。
紗栄子:…ねえ、匠海。私たちの関係は絶対に秘密よ。…特にお父様には。
匠海:え?
紗栄子:お父様にばれたら…大変なことになるわ。だから機会を見て、屋敷から一緒に抜け出しましょう。
匠海:…かけおち、ってことですか。
紗栄子:そう。だって…そうでもしないと…私たちは永遠に結ばれることはできないわ…。お願い、匠海…。私を、この鳥かごから救い出して…。私は、あなたと一緒に幸せになりたい。
匠海:はい、わかりました。…お嬢様の…。いいや、紗栄子のためなら、俺は命を懸けて紗栄子を守る。紗栄子を、必ずこの鳥かごから救い出す。俺も、紗栄子と一緒に幸せになりたい。
紗栄子:…匠海さん…。
匠海:紗栄子…。
———匠海、紗栄子、キスをする。匠海、そのまま紗栄子を優しく押し倒す。
紗栄子:…んっ…ぁ…匠海、さん…。
匠海:大丈夫、ここは暗いし誰にも見えない。それに屋敷からも離れてる。波の音で声もかき消されるさ。
紗栄子:…ふふっ…こんなところで…。私たち、悪いことしてるみたいね。
匠海:はは、そうだな。けど、こういうのを幸せっていうんだろうな。
紗栄子:うん、そうね…。ねえ、匠海…私、今、とても幸せよ。
匠海:あぁ。俺もだよ、紗栄子。
———またキスをする二人。そのまま一つにつながる。
紗栄子(M):私たちはそのまま、体を重ね合わせ、どちらからともなく求め合い、愛し合いました。時に激しく、時に優しく、そして強く。彼の体温を、絆を感じるたび、彼の愛に包まれるたびに、私はどんどん、幸福の中に浸っていきました。そのあと、わざと二人で泥だらけになり、諸々の事をごまかして夕食に向かい、父にこっぴどく怒られたのは、また、別の話。
———数日後、門の掃除をしている清。
清:ふんふん、ふふ~ん(鼻歌)
勇:…随分と上機嫌だな、清。
清:わあっ!だ、旦那様!こ、こんにちは!
勇:あぁ、驚かせてしまってすまないな。…清、私は少し出かけてくる。
清:へ?出かけるって、どこへです?
勇:…すこし、な。その間、もし私宛の郵便が届いたら、書斎の机に置いておいてほしい。頼んだよ。
清:は、はい!わかりました!お気をつけて行ってらっしゃいませ、旦那様!
———勇、車で出かける。
清:…ふう…お車であんなに急いで…。一体どこに行かれるんだろう?
匠海:清。
清:わあああ!?
匠海:っ…びっくりした…。
清:な、なんだ匠海か…なんだよ、今日はみんなして後ろから声かけて僕を脅かしてえ…。
匠海:みんな?みんなって?
清:あぁ、さっき旦那様がね。どこかに出かけられていったよ。
匠海:旦那様が?
清:あぁ、なんだか急ぎみたいだったけど。
匠海:まさか、近江家に…。
清:…なあ、匠海。お嬢様と二人で出ていくなら、たぶん、今夜しかないぞ?
匠海:…えっ?!な、なんで、知って…。
清:ふん、僕が気付かないとでも思ってたのかい?
匠海:き、清…この事は、だ、旦那様には…。
清:この馬鹿!僕を見くびるなよ!こんな大事なこと、旦那様に言うわけないだろ!!それに、前から言ってるはずだ、僕はずっと、匠海とお嬢様の味方なんだからさ!
匠海:…清…すまない。ありがとう。
清:いいんだよ!…それよりも…本当に早く出ていく準備、したほうがいいかもな。
匠海:ん?どういうことだ?
清:なんだかさ、嫌な予感がして…。こう、なんか、胸の辺りがざわつくというか…。
匠海:ふふ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな、清。
清:真面目に!僕の予感は当たるんだからなっ!
匠海:あぁ。わかったよ。
清:…てか、今が好機だぞ、匠海。
匠海:ん?好機って、なんの?
清:なにってさ、ほら、お嬢様と…ね?
匠海:………っ!?(←赤面する)
清:ははは!うぶだなあ、匠海は!
匠海:う、うるさいっ!年下のお前には言われたくない!
清:こほんっ(←咳払い)、と・に・か・く!旦那様が帰ってきそうだったら教えるからさ、行ってきなよ。
匠海:…ああ。そうだな。恩に着る。
清:いいっていいって!そのかわり、今日の飯は大盛りでよろしくね!
匠海:ははっ、わかったよ。じゃあな。
———匠海、紗栄子の部屋へ行く。ノック音
紗栄子:はい、どなた?
匠海:…紗栄子、俺だ。
紗栄子:っ!は、はいってっ!
匠海:失礼します。
紗栄子:た、匠海っ、紗栄子って呼び方は屋敷内ではダメってあれほど…。(小声)
匠海:大丈夫、旦那様は先程、お出かけなされた。
紗栄子:!
匠海:だから今、ここには俺たち二人だけだ。
紗栄子:き、清は?
匠海:アイツは大丈夫、俺たちの味方だから。
紗栄子:!!ふふっ!!
————紗栄子、満面の笑みになり、匠海に強く抱き着く。
匠海:っと、ふふ、紗栄子は本当に可愛いな。
紗栄子:っ、だ、だって、こういう時でないと、匠海とこうすることなんてできないし…。
匠海:確かにそうだな。…こうやって、こそこそするのも、もう終わりにしよう、紗栄子。
紗栄子:え…?
匠海:今夜、この「鳥かご」から君を連れ出す。紗栄子、一緒に自由に、幸せに生きよう。
紗栄子:…っ!匠海さんっ、えぇ、えぇ!一緒に自由に、幸せに生きましょう。…早く、早く私を連れだして…匠海さん。
———紗栄子、匠海にキスをする。そのまま、二人はベッドへ…。その頃、清、玄関掃除を終える。
清:ふう、よし!今日もピカピカだ!…と、あれは…郵便屋さんだ。
———清、郵便を受け取る。
清:こんちわー!郵便ね、はいはい、確かに受けったよっ!ありがとう、ごくろうさまー!…あ、そういえば、旦那様宛のがあれば、書斎の机に置いとくようにと言われてたんだったな。えっと旦那様宛のは…しまった、僕、漢字がわかんないんだった…。簡単な漢字しか読めないよぉ…。いいや、全部置いておこうっと!
———清、勇の書斎に手紙を置いておく。その頃、勇は近江家へ、縁談の話を進めている最中。
勇:…はい。では、そのように…。私も、近江家とこうして繋がれて本当に光栄です。これで、我が薬師寺家と近江家は未来永劫、安泰ですな。では、次は忠政(ただまさ)様とうちの娘との祝儀の時に…。はい、よろしくお願いします。それではこれで、失礼いたします。
———車で帰宅中の勇。
勇:…近江家との縁談の話もうまくまとまった。これであとは…邪魔者を消すだけ。…匠海、お前には悪いが…。これも、我が薬師寺家存続のためだ。…許してくれ。
———夜、勇を乗せた車が見えてくる。
清:…ん?あれは…旦那様のお車!!こうしちゃいられないっ!!お出迎え…の前にあの二人だっ!!
———紗栄子の部屋。ベッドで抱きしめ合いながら話をする二人。
紗栄子:…ん…ふふ、こうしていられるの、本当に幸せ。
匠海:あぁ、そうだな。時期にずっとこうしていられる時が来る。もう少しの辛抱だ。我慢させて悪いな、紗栄子。
紗栄子:ううん、いいのよ。だってこの家を出たらもう、こうして人目を気にしなくていいんですもの。そのための我慢ならいくらでもするわ。二人の幸せのためなら。
匠海:ん…紗栄子。(←軽くほほにキス)
紗栄子:ッ…///
匠海:ふふ、赤くなってる。可愛いな。
紗栄子:うぅ~///匠海ってそういうところずるいわよねっ
匠海:ん?そういうところって?
紗栄子:この、天然ッ///
匠海:ん?
———清、紗栄子の部屋をノックする。
清:お嬢様!紗栄子お嬢様!!
紗栄子:っ!!き、清…びっくりしたぁ…。どうしたの?
清:旦那様が戻られます!急いで!
匠海:っ!
紗栄子:そう、わかったわ!教えてくれてありがとう、清!
清:いえ!では僕は旦那様の出迎えと、夕食の準備の続きに行ってきます!
紗栄子:えぇ、お願いね。…匠海、急いで。
匠海:はい、わかりました、お嬢様。
紗栄子:匠海…。
匠海:はい?
紗栄子:続きはまた、あの木の下で…ね?(匠海に耳打ちするように)
匠海:…!!///
紗栄子:ほら!行くわよっ!
匠海:は、はい!…はぁ、紗栄子も、そういうとこ、ずるいじゃないか…。(←ぼそっと)
———勇、帰宅。清と匠海が出迎える。
勇:今、帰ったぞ。
清:お帰りなさいませ、旦那様っ。
匠海:お帰りなさいませ、旦那様。
勇:うむ、出迎えご苦労。…匠海。
匠海:は、はい。
勇:…後で話がある。夕食が終わったら、私の書斎に来なさい。…清、手紙は届いていたか?
清:は、はいっ!
勇:…ならば良い。では、あとでな。
匠海:はいっ。…清、手紙って?
清:あぁ、旦那様から、手紙が来たら書斎に置いておくようにって言われてたんだよ。
匠海:そうなのか。
清:僕もよくは知らないんだけどさ。それに僕、漢字読めないし…。
匠海:ああ、そうだったな。まったく、薬師寺家の使用人として、きちんと勉強はするんだぞ?
清:わ、わかってるよ!!
匠海:ふふっ、ったく、俺がいなくなったらどうするつもりなんだ?
清:そ、そうだな…。ちゃんと勉強するよ。というか匠海、前より男らしくなった?
匠海:そうか?というか、男の俺に、その言い方は失礼じゃないか?
清:い、いやそうじゃなくて、なんというか、前より大人っぽくなったなあって思って。
匠海:…そうか?
清:…これはお嬢様のおかげかな?(←にやにや)
匠海:ばっ、ばかっ、ここで言うなっ(←小声)
清:はいはーいっ。さてと、夕食の準備いこう!
匠海:あぁ。
紗栄子(M):…そしてついに、運命の時が来てしまったのです。
————勇の書斎に行く匠海。ノック音。
匠海:旦那様、失礼します。匠海でございます。
勇:ん、入れ。
匠海:はい…。旦那様、私に話というのは?
勇:うむ…。実は、な…。
匠海:旦那様?
勇:…匠海、お前に徴兵令が出た。
匠海:!?…は?今、なんて…。
勇:聞こえなかったか?お前に、「桜花特別攻撃隊」入隊の徴兵令が出たんだ。
———勇、匠海に赤紙を渡す。
匠海:!!…これは…。
勇:…私としては、薬師寺家の優秀な使用人に徴兵令が出てしまうのは…まことに残念ではあるが…。入隊、おめでとう。お国のために、立派に戦ってきなさい。
匠海:……。
勇:どうした、匠海。名誉なことではないか。お国のために戦えるなんて。とても素晴らしいことだぞ。出兵は明後日だ…。…無事の帰還を祈っているぞ。
匠海:…あさって…。…は、はい…。ありがとうございます。
勇:うむ、話はそれだけだ。下がって良ろしい。
匠海:…はい、失礼します。
———絶望の顔をしたまま、書斎を後にする。
勇:…すまんな…。匠海…。これも、薬師寺家のため、そして紗栄子のためだ。
———屋敷の木の下へ行く匠海。
匠海:…紗栄子…。
紗栄子:!匠海…!
———紗栄子、駆け寄って抱きしめる。匠海が震えていることに気づく。
紗栄子:…?匠海?どうしたの?なぜこんなに震えて…。そういえば、お父様からのお話って何だったの?
匠海:……紗栄子…俺…桜花特攻隊への出兵が決まった…。
紗栄子:…え…。そ、そんな…。噓でしょ?
匠海:ほら…国からの徴兵令書だ。
紗栄子:っ!?…まさか…なんで…。
匠海:まあ、俺も18歳だ。いつか来るかと思っていたが…。まさか、今、なんてな…。
紗栄子:匠海っ…。
匠海:…お国の命令なら…従うしかない…。もう…ここにもこれなくなる、のか…。紗栄子のそばに、いられなくなるのか…。
紗栄子:っ!そんな、そんなこと言わないで!私からお父様に言ってみるわ!何とかなるかもしれない!!
匠海:…紗栄子…。
————紗栄子を強く抱きしめる匠海。
紗栄子:っ!?…匠海?
匠海:…わかってるんだ。もう、どうにもならないことも。…紗栄子のそばにいて、ずっと守ってやりたかった。
紗栄子:!?そ、そんな言い方しないでっ!それじゃあまるで…まるで別れの言葉じゃないっ!!
匠海:…あぁ、ごめん、ごめんな…紗栄子。…俺、怖いよ…。怖いんだ…。死ぬのが怖い…。紗栄子と離れるのが…失うのが、怖い…。約束を守れない自分が、恥ずかしい。…情けないよな…俺。
紗栄子:っ…そんなこと、ないっ…恥ずかしくなんかないし、なさけなくなんか、ないっ…。
匠海:…紗栄子と二人で…家族を築きたかった…。紗栄子と、まだ見ぬ子供たちとで…。たとえ、貧乏でも…笑顔の絶えない…あったかい家庭を、夢、見てた…っ…。
紗栄子:…っ…う、ぐずっ…。匠海さん…。
匠海:…出兵は…明後日だ…。
紗栄子:え!?あ、あさって…。そんな…。いくら何でも早すぎる…。なら、今、この屋敷を出ましょう!どこまでもどこまでも遠く…お父様のいないずっと遠くへ逃げましょうっ!
匠海:…今日、このまま一緒に逃げたら…国のものに追われる…。それに…紗栄子の命も危なくなる。
紗栄子:で、でもっ…。
匠海:…紗栄子、お前は生きろ。しっかりと、生きてくれ。
紗栄子:…匠海…さん…っ。
匠海:俺は…。正直、生きて帰れるかわからない身だ。けど俺は、お前の幸せをいつまでも祈っているからな…っ!
紗栄子:うっ…うぅ…。いや…いや…私は、あなたと一緒じゃなきゃ嫌よ…。このままあなたが行ってしまったら、私はあの近江家と無理やり結婚させられる…そんなのいや…。あなたと一緒に幸せになれなければ、生きる意味なんてないわ…。
匠海:それは…その気持ちは俺も同じだ…。俺だって、こんなにも愛している人を、手放したくない。ずっとそばにいたい…守りたい。けど許してくれ、紗栄子。こればっかりは俺でもどうしようもないんだ。
紗栄子:…ならせめて…あなたの愛を忘れさせないくらい、激しく抱いて…。匠海…私の心をあなたの愛で、つかんで、包んで、離さないで…。
匠海:…紗栄子…んっ…。
紗栄子:…んんっ…はぁ…匠海さん…。
———涙を流しながらキスをし、求めあう二人。
紗栄子(M):最期になるかもしれない口づけの味は、お互いの涙で少し塩辛く感じ、まるで海の味のようでした。二人で過ごす甘い時間の中で、私は決意しました。
———紗栄子、自室にて。
紗栄子:(お父様の嘘つき…。許さない…。絶対に彼を行かせはしないわ…!!)
———次の日、自室で、出兵の支度をする匠海。
匠海:ええと…。後は…。
清:ばぁぁぁかぁああああぁっ!!!!
匠海:うわ!?び、びっくりしたっ!おい清、入ってくるならノックくらい…。
清:この、バカ匠海ぃぃぃぃっ!!
匠海:おいなんだよ、いてっ、こら、殴るなっ。
清:アンタが行っちゃったら、お嬢様はどうすんのさ!!
匠海:っ…。仕方ないだろ、俺に徴兵令が出てしまったんだから。
清:お前は!そんなことであきらめるのか!!
匠海:…っ…諦めたくねえよ…。俺だって諦めきれねえよ。このままいけば、紗栄子は絶対に近江家のご次男様とむりやり婚約させられてしまう…。それは嫌だっ!
清:そう思うなら!旦那様に正直に申し上げればよかったんだ!お嬢様への想いを!気持ちを!なんで申し上げなかった!?
匠海:…いいたかったさ…。けど、紗栄子に、あんなにも近江家との婚約を、自分の保身のために無理やり押し付けてくる人が、下人の俺なんかとの婚約を許してくださるはずがない。
清:…た、確かに…。けど、そこは男としてさあ!!
匠海:それに…俺はここで働く条件として、俺の家族の飯をタダでいただいてる身だ。逆らったら、家族がまた、ひもじい生活に戻ってしまう…それだけは避けたい。それに、それはお前の家族もそうなんじゃないのか?
清:…そうだ…。だから、旦那様には逆らえない…。
匠海:…清、お前が俺の味方なのも、もちろんお嬢様の味方なのも、ちゃんとわかってる。
清:…匠海ぃ…。(泣)
匠海:だからこそ、お前にお願いがある。…俺の代わりにお嬢様を守ってやってくれ。お前なら信用できる。
清:うっ、うぅぅっ…ぐずっ、たくみぃ…けど…。
匠海:ははっ、泣くな泣くな。…大丈夫、俺は絶対、生きて帰るよ。
清:…ほんとらなぁ…?(←泣きすぎて鼻声)
匠海:あぁ!だから、お嬢様のこと、頼んだぞ?
清:…わかったっ!必ず守るよっ!
匠海:ん、ありがとう。さ、じゃあ泣いてないで、仕事に戻れ?
清:あい、いってきますっ。
————部屋を出ていく清。
匠海:…俺も…しっかりしなきゃな…。
———その頃、紗栄子、自室にて。薬品の小瓶を見つめて。
紗栄子:…私のこの体も、心も、すべて匠海のものよ…。他の人になんて、絶対に触れさせるものですか…。お医者様によれば、この小瓶の毒をひとさじ飲めば、死にはしなくても一時的に仮死状態になると聞いたわ…。もうこれしか方法がない…。これで…匠海を呼び戻すのよ。
———その時、ノック音。急いで薬の小瓶をしまう。
紗栄子:!…はい、どなた?
勇:私だ、紗栄子。はいってもいいかな?
紗栄子:…。どうぞ。
勇:…匠海君のことだが…本当にすまんな、紗栄子。政府の要望でどうしてもといわれてな。いやはや、残念だ。
紗栄子:…ええ、そうですわね、お父様。これで滞りなく、近江家との縁談が進められるものねっ!!!!
勇:っ…!!
紗栄子:お父様の腹の内を、私が読めていないとでも思っていて?そのどす黒い、澱んで汚らしい腹の内を!!!
勇:さ、紗栄子…。
紗栄子:…お父様の娘になんか、生まれてこなければよかった…。…私との約束を破ったこと…一生後悔させてあげるから。覚悟してなさい。
勇:…っ…さ、紗栄子。私は…。
紗栄子:御用がないならもう出て行ってくださるかしら?私は今、忙しんです。
勇:…失礼したな…。
———出ていく勇。
紗栄子:…っ…明日が、勝負よ。
———次の日、匠海、出兵日。
匠海:…では、行ってまいります。旦那様、今まで本当にお世話になりました。
勇:…あぁ…。向こうでも頑張りたまえよ。
清:匠海ぃ…。向こうについたら、手紙、書いてくれなっ!
匠海:あぁ、絶対に書くよ。…あの、お嬢様は?
勇:…それが、な…。匠海君が発つぞ、と呼んだのだが、寝ているのか、部屋から出てこなくてな…。
匠海:…そうですか…。わかりました。では、このまま行ってまいります。お嬢様によろしく言ってください。
勇:あぁ、わかった。
清:…お嬢様…どうして…。っ…!
———匠海、出立する。清、急いで紗栄子の部屋へ向かう。ノック音。
清:はぁ、はぁ…お嬢様!お嬢様!!…匠海が行ってしまいますよ!…お嬢様?!
———紗栄子の部屋から返事がない。
清:…お、お嬢様…?…失礼します!!
———清、勢いよく紗栄子の部屋のドアを開ける。紗栄子がベッドの上で亡くなっているように見える。(仮死状態)
清:…!?お、お嬢様?…お嬢様あっ!!
勇:ん?清、一体どうし……っ!?
清:だ、旦那様…大変ですっ!お嬢様が、お嬢様が息をしておりません!!
勇:な、何!?紗栄子、おい、紗栄子!!
清:…匠海を、呼び戻さなきゃ…。
勇:き、清、お前何を言って…。なぜ匠海を呼び戻す必要がある!?
清:…っ…お言葉ですが、旦那様!!匠海はお嬢様のことをこの屋敷の誰よりも…血のつながっているはずの旦那様よりも!!とても大事に大切に想っておりました!!
勇:…っ…。
清:そのように大事に想っていた方(かた)の死を、すぐ伝えずにしてどうしろというのですか!!
勇:…匠海は、そこまで…。そうか…紗栄子も、同じように想っていたのだな…。
清:とにかく、旦那様はお医者様を呼んでください!!僕は匠海を連れ戻します!!
勇:わ、わかった。…清!!
清:っ!!
勇:…匠海を頼んだぞ。
清:…!はい!!
———清、駆け出す。
清:はあ、はぁっ…。そこの、そこの車!!お願いです、とまってくださーい!!!
———匠海を乗せた車が止まり、清から紗栄子が亡くなったことを知らされる。
匠海:…っ!?…な、なんだと…紗栄子が!?
清:えぇ、だから、急いでお戻りください!!
匠海:っ…すみません、出兵は延期させてください!!…失礼っ!!
————匠海、車から飛び降り、屋敷へと駆け出す。
匠海:(紗栄子っ…なんで、どうしてっ…!!今行くからな!!)
———勇、医者を呼びに行き、それとすれ違いに匠海が屋敷に戻る。
匠海:…っ…はぁ、はぁ…さ、紗栄子…っ!
———紗栄子の部屋へ向かう匠海。
匠海:…っ!!…さえ、こ…紗栄子…。…なんで、どうして…っ…。俺は、お前に…生きていてほしかったのに…。
———匠海、涙を流しながら紗栄子を優しく抱きしめる。
匠海:…紗栄子…。紗栄子…。…っ!…これは…毒…?…そうか…これを、飲んで…。紗栄子、すまん…。俺がもっとちゃんと見ていれば…本当にすまん…。
———紗栄子を優しくベッドに横にさせる匠海。
匠海:…なぁ、紗栄子…。俺も、今、そっちに行くからな…。俺は、お前のいない世界なんて考えられない…。必ず来世で一緒になろう、紗栄子。…その時は絶対に、幸せになろうな…。
———匠海、瓶に残っていた毒を全て飲み干す。紗栄子と一緒に横になり、最期の力を振り絞って紗栄子の手を握る。
匠海:…ぅぐ…ぐはっ!…うっ…さ…え、こ…。
———匠海、亡くなる。ちょうどその時、清がやってくる。
清:はぁ、はぁっ……っ!?…た、匠海…?匠海!?…死んでる…そんな…匠海まで…。…僕、僕は、一体どうしたら…。
紗栄子:…んっ…。…はぁっ…。
清:っ!?さ、紗栄子様…お嬢様!!?
紗栄子:き、清…。私は…。
清:よ、良かった…生きてたっ!!お嬢様あぁぁぁ!!
紗栄子:…清…わたし、生きてる…?…あ…匠海、戻ってきてくれたのね…?…匠海…?
清:…お、お嬢様…匠海は…お嬢様が死んだと思って…後を追って、そこの毒を飲んで…。
紗栄子:…え…。う、うそ…嘘よ…。こんな、こんなはずじゃ…っ。
———紗栄子の横で、笑顔でなくなっている匠海。
紗栄子:…あ、あぁ…っ…いや…嫌よ…匠海…。起きて、ねぇ…起きてよ…おきてよ、匠海っ。…あぁ、そんな…私の…私のせいだわ…。私が、毒なんて飲むから…。…ごめんなさい、ごめんなさい…匠海…。ほんとに、ごめんなさっ…っ…う、うああっ…うあぁぁぁぁんっ!!
清:…お嬢様…っ…。
紗栄子:…うっ…うぅ……っ!…これ、は…。ナイフ?
———匠海の懐から短刀を見つける紗栄子。
紗栄子:…清…。
清:え…?は、はい…。
紗栄子:…清…ごめんなさい…許して頂戴ね…。私が、もう一度、死ぬことを…。
清:!?そ、そんなっ…!
紗栄子:お願いよ、清っ。
清:…!!
紗栄子:…お願い。
清:…わかりました…許します。…だって、僕は、ずっと、匠海とお嬢様の、味方ですから…っ…。
紗栄子:…ありがとう、清。…私も匠海も、あなたのこと、大好きよ…。
清:っ…は、はいっ…。僕も、お二人のことが、大好きでした…っ!
紗栄子:…これで…やっと一緒になれる。…匠海…来世では必ず…二人一緒に、幸せになりましょうね…。っ!!!
———紗栄子、短刀を抜き自分の胸に突き刺す。
清:っ…!!お嬢様ぁぁぁぁぁあ!!!!
紗栄子:…うぐっ…くっ…。かはぁっ…っ…はぁ…た、くみ…。…たくみ…あい、して、る…わ…。
清:…ぐずっ…たくみ…さえこ、おじょうさまぁぁ…。…うっ、うわぁぁぁぁんっ…。うわああああああああああああああんっ!!!!!
———その時、医者を連れてきた勇。だが時すでに遅し。二人がベッドの上で幸せそうな笑顔で亡くなっているのを清とともに見つめる。
勇:…はあ、はあっ……っ!!…紗栄子…匠海君…。…あぁ…本当にすまない…。…許してくれ、許してくれ、二人共…。君たち二人の言葉を、思いを…もっとちゃんと聞けばよかった。…あの時、二人の愛を、ちゃんと…許せばよかった。…私は、とんでもない間違いを犯してしまった…。あんな縁談、すぐに断ってしまえばよかったのだっ…!…愛さえあれば、身分や生まれなど関係ない…。そのことに早く気付くべきだったのだ…。…すまない…本当にすまない…。…今となってはもう遅いが…紗栄子、匠海君。君たちの父として、君たち二人の婚約を許そう…。…あぁ…今日は…なんて青空だ…。…二人共、夏の澄み渡ったあの青い空が見えているかい…?…ほら…飛行機雲が、あんなにも…くっきりと、はっきりと見えている…。
————セミの鳴く声の中、どこか遠くで、戦闘機の飛ぶ音とともに、激しい爆撃音が聞こえた。
紗栄子(N):昭和19年、夏。これは、激動の時代に生きた、身分の違う二人の、叶わぬ恋の物語…。たくさん笑い、時に涙を流し、そして、青い空へと飛び立った二人の、甘く切ない、淡い恋のお話…。
―終わり―
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